nombirato!

2017年10月20日

虫歯治療


数年ぶりに虫歯の治療を受けて、一通り無事に終わった。

過去に治療済みの、歯と詰め物の金属の隙間から、虫歯になってしまったようで、金属を外して作り直してもらった。少々油断していたかもな。

最初の治療はすでに記憶にないので、おそらく20〜30代の頃と思われるんだけど、治療した歯は30年前後は頑張っていてくれたわけで、よく持ってくれたと言う気持ちと、え!一生ものじゃないのかと言う残念な気持ちも。

とあるトロンボーンの先輩プレーヤー(還暦)が歯科検診を受けて、まだまだ演奏できると言われたというようなことをmixiに書かれていて、ふと、自分の歯はこれからも演奏に耐えうるのだろうか?、何歳まで演奏できるんだろう?自分は何歳まで生きるのだろう?治療後の歯の耐用年数が20年とするなら、死ぬまで歯は持たないのか?とか、余計なことを診察台の上で痛みに耐えながら考えていた。

若い頃に虫歯治療した歯が、他にもかなりあるので、これからやり直さなければいけない歯が続々と出てくるんじゃないかという不安もあるけど、少なくともこんなに虫歯治療済みの歯があるのに、オケにいた間に、親知らず以外ほぼノートラブルで演奏出来てきたのは、本当に幸運というか、感謝しかないな。

これから先は大小トラブルも増えてくるだろうけど、歯科検診とクリーニングには定期的に通って、早期発見に努めるしかない。今お世話になっている歯科医の先生は、いつも淡々と冷静に話してくださるので、僕も淡々と受け止めることが出来るのだろうな。あまり不安に感じることはない。

posted by 古賀慎治 at 01:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

お久しぶりです^^;


またまたお久しぶりです。

過去最大のブランクですかね。8月〜9月は音沙汰なしでした。すみません。

まぁしかし、ようやく涼しい季節になり、こんなに汗をかいてしまい夏を越えることができるのかという春先の不安感が嘘のようです。無駄な汗はたくさんかいたけど、この夏は比較的余裕のある時間が持てました。


閑話休題
(かんわきゅうだい【閑話休題】
話を本筋に戻すとき、または本題に入るときに用いる言葉。接続詞的に用いる。むだな話はさておいて。それはさておき。さて。    大辞林 第三版)


たまに使う言葉なので大辞林の解説を入れてみました。僕の場合「それはさておき、、、」位のニュアンスですかね。

空き時間にTwitterを眺めることがよくあるのだけど、今回はしばらく前に見かけた話題から考えたこと。Twitterでネタを拾うか、投稿したネタを膨らませて当欄に投下という流れができればもう少し更新も増えるのだろうけど、なかなかね。

その話題は自分の中でプレイヤーと指導者のマインドは共存できるのか?ってこと。

ブログというかホームページで日記風コラム書き始めた当初のことを思い返すと、いわゆるプレーヤーモードと先生モードを切り替えて、それぞれうまくやっていこうという気持ちが強かった。生徒をレッスンする時には、プレーヤーとしての自分をある程度殺して、生徒と相対していたのだと思う。プレーヤーとして演奏しているときは、レッスンの時とは違う心構えで。

それは、自分が自分に課した日頃思うところの演奏水準、クリアしなければいけないと思っていた水準と、目の前の生徒さんのレベルの違い、ギャップというものが大きな理由だったと思う。プロとアマチュア、プロと受験生だから当然といえば当然か。知らず知らずのうちに自分の意識のレベルが下がるのが怖かったんだな、きっと。

しかし、今はプレーヤーモードと先生モードは、ほとんど意識はしていない。慣れたということも言えるが大事なことに気がついたから。

それは、今僕がこうして大事な生徒さんを預かってみさせていただく立場に居られるのは、今まで関わらせて貰った多くの生徒の皆さんのお陰だからということに気が付いたから。それぞれのレッスンを通じて、毎回何らかの気付きがあり、それによって生徒さんが向上することがあり、それによって僕も貴重なことを学ぶことが出来たからだ。

そしてその学んだことがノウハウとして自分のトロンボーンや音楽性について、また1人の教師としての知識、財産になっている。先生というのは、生徒に一方的に教える、指導するだけではなくて、生徒から教えられることも、また多いものだ。

若い頃は、社会人や一般の大学生のレッスンは前向きな気持ちで臨めたんだけど、こと受験生に関しては、責任が重いということがあって、前向きになれなかった。できれば引き受けたくないと思っていたんだけど、大学の先生になってからは、断るわけにもいかず、とにかく人生のかかった生徒さんのレッスンを、間違いのないように、しっかりやらなければと思いながらやってきたつもり。

今でももちろん、自分で考える必要なスキルがあるとは思っていないけど、そういう場所、立場にいることによって、優秀な人たちに関わらせていただいていることは、自分の演奏面にとってもかなりのプラスになっていることは間違いない。


それで、この記事を書きながらある事に気がついた。過去に僕のレッスンを受けた事のある人ならわかる話かも知れない。

かつての僕はレッスンで吹いて見せるのが少ない方で、レッスン中一度も音を出すことなく、話だけで終わったなんてことも良くあった。それは、なるべく生徒に自分の感覚と頭で考えて欲しかったから。僕からしたら吹いて見せるのが一番安易なことだった。

しかし、今は逆。それでも吹くのが多い方ではないけど、一緒に吹くようになった。これは心境の変化と関連していると思う。僕が生徒からも学ぶことを意識してからは、明らかに吹くことが増えた。生徒にとって昔のスタイルが良かったのか今のスタイルが良いのか、自分にはわからないけど、大きな心境の変化があったんだなと思う。

この先もプレーヤーとして、しっかり活動していきたいし、先生としても、少しでも役に立っていきたい。今はそんな心境。




posted by 古賀慎治 at 01:48| Comment(0) | weblog | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

この2〜3週間の出来事


関東は雹が降って、いつの間にか梅雨明け。毎日暑いですがいかがお過ごしですか。

この2週間は、自分にとって2年ぶりにやって来たハードワークな日々でした。終わってみればあっという間。結果オーライではあったけど、多くの方々の助けでなんとか乗り切った感じ?いや、奇跡が起こった。以下ログ的に記しておこう。

7/5吹奏楽定期に向けて、Olaf OttさんでT-Boneを共演するため、4年生の2人手分けをしてソロの代奏をしてもらい、4回の授業(リハ)。山本先生のご指導でバランスを中心にかなり良いところまで仕上がった。本番に期待が高まる。

Ottさんを7/3早朝から7/19の深夜まで、卓越教授としてお迎えする。今回はスケジュールの都合上どうしても1回のリハーサルしか取れなかったけど、吹奏楽定期で見事なT-Boneを演奏していただいた。本当に鳥肌が立った。学生たちの薔薇の騎士も素晴らしい。ホルン大健闘。

吹奏楽定期、プレトークという大役を任され、準備はしておいたものの、かなりテンパったところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした、、、

Ottさんにはその後トロンボーン科の学生たちを、1人2回ずつと、他に芸高生2人、バストランペット、チューバ、オケスタ、アンサンブルと、みっちりハードにレッスンしていただいた。おさらい会も聴いていただいたな。

Ottさんとてもフランクで暖かいお人柄で、2年前の来校時より、今回はとても和やかで、厳しい中にも笑いの絶えない素晴らしいレッスンだったと思う。あの音を間近で聴ける効果は、本当にすごいとしか言いようが無い。Ottさんには本当に感謝の言葉もない位です。

7/9は同時期に来校されていた同じくベルリンフィル首席のヴェンツェル フックス先生の演奏会。指揮は山本正治先生、共演は高木綾子先生と山本正治先生。伴奏は藝大チェンバーオケ。演奏はもちろん素晴らしかったし、夢のような組み合わせの演奏会だった。

7/15は僕の1年先輩、ユーフォの渡部謙一先生率いる北海道教育大学スーパーウィンズの皆さんをお迎えして藝大ウィンドとのジョイントコンサート。僕は藝大側の企画。Ott先生にも、予定より1曲多く、快く乗っていただいた。ご本人非常に楽しまれていたので救われた。

実はこの準備にかかる仕事量が半端でなく、しかも僕は演奏家畑を歩んで来た人間なので、演奏会を仕込むために、次に何をするべきか分からないと来たもんだ(笑)。やるべき作業がどんどん溜まり、あらゆる事が期限ギリギリになってしまい、また追い打ちをかけるように当日までヒヤヒヤすること続出で、本当に心臓に悪かったな(笑)多くの関係者の方々には、迷惑もかけたし、たくさん助けていただいた。同時期に藝大フィルハーモニアが、なんと南米のチリ公演を行なっており、学内各所仕事に忙殺されていたにもかかわらず、僕のような裏方素人のヘルプをしていただき、本当に感謝してます。

しかし、藝大の先生方、事務方、本当にすごいポテンシャル。本当にありがとうございました。

そして、遠路はるばる灼熱の上野の森へおいでいただき、熱く、ハイクォリティな演奏を繰り広げてくれた、北海道教育大学スーパーウィンズの皆さん、そしてこの貴重な機会をいただいた渡部謙一先生、本当に本当にありがとうございました。

18日と19日。1〜3年と別科の学生たちの前期実技試験。トランペットの一部はフィンランドのリエクサのコンクールを受けに行くため1日試験を前倒し。Ott先生には全部通して採点していただく。学生たちはこの超絶忙しいのを乗り切って、すばらしい演奏をしてくれた。実り多い前期の納め。

19日の夜、Olaf先生の送別会のあと、その足で羽田空港へお見送りに。Ott先生もかなりのハードスケジュールになってしまったのに、嫌な顔一つ見せず、学生たちとの交流を楽しんでいただいたようだ。本当に感謝しかありません。

最後に、今回学んだ事。
「せめて英会話」  

そして、自分が忙しいからと言って、他人に忙しい仕事をさせてはいけない、、、d(゚ε゚*)


posted by 古賀慎治 at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | weblog | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月30日

続・サウンド雑感 大先輩のひと言


前回の記事書いた後もサウンドについてあれこれ考えているところ。

昨晩は学生のオケの定期だった。チャイコの4番は、学生達もこの先演奏機会が多いと思うし、チャイコフスキーの入門曲みたいなイメージを持って聴きに行った。

結果は意外と苦戦していたけど。演奏は大きな破綻は無く、熱意の伝わる良い演奏だと思ったものの、4楽章にかかるあたりから大きな違和感を感じるようになった。結構大きな何かが足りない違和感。

「チャイコの響き・音」を感じなかったのが一番の理由か。金管の輝かしいフォルテの鳴りも、もっともっと欲しいけど、一音一音の長さとか粘りとか、チャイコの色みたいなものが欲しかった。


教師が教えるべき反省点も多々あったかも知れないけど、プロのオーケストラとの決定的な違いは、奏者一人一人にチャイコフスキーのサウンドのイメージが無かったことなのではないかと思った。輝かしいフォルテのファンファーレも、カラッと明るいものではなくて、苦悩とか苦しみを背景に持つような、もっと複雑な音。課題も多かった演奏会だったけど、録音を聴いて気が付いてくれればそれでいいと思う。


話変わって、先日ある生徒と楽器の吹き比べをした時、楽器を吹いての感想を生徒に訊いたら、「この楽器が一番吹き易いです」と。

ごく当たり前の、優等生的答えだけど、果たしてそれで良いのか。先生に相談することなく吹き易かったからと言う理由で楽器を買い換える生徒も少なくない。

自分が今一番長く使っている楽器は、オーバーホール2回以上経た30年もの。これは人生で2本目だけど、選ぶ時に吹き易さという項目の優先順位は結構下の方だった。優先順位の最高位はサウンドが心地良いか、好きか、ということだった。

プロになりたてで、初めて自分でローン組んで買ったものなので、それ相当の愛着もあるけど、つまるところはベルの持つサウンドが好きで今でも使い続けている。

当時の自分は、まだまだ仕事のことを知らなかったので「オケ、ソロ、アンサンブル、スタジオワーク、クラシックもジャズも、全てこなせる楽器が欲しい」と言う意識が強かった。今ならそんな便利な楽器無いよと言えるけど(笑)

楽器が音を作ってくれる部分は決して小さくはないけど、自分がイメージした音について来てくれそうな懐の深い楽器というのはあると思う。

自分が、より幅広いイメージを持ち、その音色が鳴らせるよう練習し、技術を磨く、身につける、というのが大事だと思う。鳴らすのは簡単じゃないけど深い音がする楽器に魅力を感じるな。(あくまで個人的好みです)。安易な方に流れないように教師は歯止め役にならないといけないのかもな。


2000年都響に移籍したばかりの頃だったか、まだまだ都響の音に慣れてなくて、どんな音で吹いたら良いのか不安だらけの頃。ストラヴィンスキーの春の祭典の1番を任された時に、2番を吹かれていた大先輩の三村さんに「古賀さんはちゃんとストラヴィンスキーの音がしますね!」と言ってもらい、どれだけ安心し、自信を持ったものか、今思うと本当に感謝しかない。今の自分も、あの時の三村さんのような存在になりたいと思っている。


posted by 古賀慎治 at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | weblog | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

サウンド雑感

今回は最近考えていることから。上級者からプロにかけてのお話かも。

良いサウンドを得るのに、僕としては楽器やマウスピースを替えても根本的なその人の音は変わらないと思っているので、そのプレーヤー自身のセンス、イメージ、音楽性などを総合的に、時間をかけて根気強く向上させないとサウンドは変わらないと、僕はずっと信念として思って来た。また、実際にたくさんのステージを経験し、様々な環境を体験して、日々成長することが出来れば自ずとサウンドは変わってくるはず。

音が細いとか太いとか、堅いとか柔らかいとか、明るいとか暗いとか。いろんな評価軸があるけど、こういう音になるべきと周りから強要することなのだろうか。あまりに言われ続けると誰しも不安になるし、場合によっては一人のプレーヤーの将来を奪いかねない。

良く通る音で、響きが豊かで、ハモれる音で、、、プロとしての水準を超えていれば、そして何より魅力ある音ならばそれで良いのではないかなと強く思う。

昨今、様々な楽器メーカーによるサウンドキャラクターの違いや広がりは、むしろ選択肢がたくさんあって、プレーヤーそれぞれの個性が際立つし、僕はとても歓迎している。だから今までに自分の教え子にこのモデルの楽器を使いなさいと言ったことは一度もない。選定を頼まれて音を聞いて賛成か反対かは言うし、適性に合ってそうなのも、訊かれればもちろんアドバイスはするけど。

それから、最近しばしば聞くようになった、より深刻な話。

楽器やマッピの仕様が周りと合わないから仕事が来ないんじゃないか?と言うフリーのプレーヤーからの不安、悩みを聞くようになった。そんなはずはないと思うんだけど、実際に使っている楽器によって仕事に呼ぶプレーヤーの選別が起こっているのだろうか?それとも、単にみんなが良いという楽器を使って安心したいだけなのか。単に忖度しすぎなのか思い過ごしなら良いのだけど、どうなんでしょうね。ただこの手の似たような話はトロンボーン界隈では昔から多かったような気がする。トロンボーン吹きの気質とか特性なのかもしれないけど。

プレーヤー本人がその人の感性で、「好き」とか「心地よい」と感じる楽器やマッピを使うのが、まずは本筋であって、メーカーやサイズ、その他セッティングをセクションで統一してサウンドを外側から揃えるというのは、正直どうかなと思う。短期的、表面的には合うかもしれないけど長期的には疑問。むしろアンサンブルをたくさんやってアンサンブル力を上げた方が良いのでは。

あと、プロとしての契約があれば、もちろんその契約は責任を持って全うしなきゃいけない。当然。


・・・とまあ結論は出ないわけだけど、サウンドは人の声と一緒でその人固有のもの。楽器やマッピで変わるのは、たぶん味付けの部分ではないかな。どうしたら地声の部分を向上することが出来るのか。本質を見誤らないように、いろいろと試していかないといけないと思う。


posted by 古賀慎治 at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | トロンボーン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする